西軍有利
ムスメが大きくなったので今回の旅程にレンタサイクルを組み込んだのですが、今も昔も街道筋である関ヶ原は、大型トラックなど交通量がハンパなかったです。
その安全面の他にも、周辺は伊吹山山麓のためか雄大な傾斜地になっており、自転車では体力の消耗を予想していました(なので、ヨメが借りた自転車は電動アシスト)。
福島正則陣跡から次の大谷吉継陣跡や墓所へ向かうためには、なだらかなれど長い坂を漕ぎ続ける必要がありました。
関ヶ原付近のマップ → コチラ
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そんなこんなでひーこらしてたどり着いた大谷吉継陣跡や墓所は、自転車を降りてさらに階段を登っていく必要があり、その鬱蒼とした雰囲気と体力の消耗によりパス┐(´д`)┌ヤレヤレ
また宇喜多秀家や小西行長陣跡・開戦地への近道だと思って進んだ藤古川ダムは、とても自転車では渡れないことが判明し、余計な体力が奪われる_| ̄|○ il||li
やっとの思いで開戦地へたどり着くも、とても笹尾山の石田三成陣跡へと登るパワーがありませんでした(この間、写真を撮る余裕さえ失われておりました)。
徳川家康最後陣跡付近の歴史民俗資料館に戻り自転車を返却、その後は車で移動。ランチのあと、笹尾山へと向かったのでした。
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笹尾山脇のエアコンが効いた笹尾山交流館で休憩。
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歴史の授業や映画・ドラマなどで有名な関が原、たった一度だけの訪問で感じた与太話を・・・
地形を有効に布陣した西軍なのに、諸将を掌握できなかった石田三成。徳川秀忠の参陣が叶わないにも関わらず、合戦前からの「はかりごと」により、豊臣恩顧の大名を味方にすることができた徳川家康。
レンタサイクルで数カ所巡ったのですが、各陣営間を行き来するのは時間的・体力的・精神的に大変であることを実感(多分、車で巡ったら実感しなかったかも)。
現代でもそうですが、事前の意思疎通の徹底と臨機応変さ、そして信頼関係の構築が大切ですね。
穴ポコ & 戦争遺産へつづく(^_^)/~

その安全面の他にも、周辺は伊吹山山麓のためか雄大な傾斜地になっており、自転車では体力の消耗を予想していました(なので、ヨメが借りた自転車は電動アシスト)。
福島正則陣跡から次の大谷吉継陣跡や墓所へ向かうためには、なだらかなれど長い坂を漕ぎ続ける必要がありました。
関ヶ原付近のマップ → コチラ
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R21に出たところで息を整える
かつて不破関があったトコロを大型トラックや新幹線がバンバン通過、交通の要衝を実感
そんなこんなでひーこらしてたどり着いた大谷吉継陣跡や墓所は、自転車を降りてさらに階段を登っていく必要があり、その鬱蒼とした雰囲気と体力の消耗によりパス┐(´д`)┌ヤレヤレ
また宇喜多秀家や小西行長陣跡・開戦地への近道だと思って進んだ藤古川ダムは、とても自転車では渡れないことが判明し、余計な体力が奪われる_| ̄|○ il||li
やっとの思いで開戦地へたどり着くも、とても笹尾山の石田三成陣跡へと登るパワーがありませんでした(この間、写真を撮る余裕さえ失われておりました)。
徳川家康最後陣跡付近の歴史民俗資料館に戻り自転車を返却、その後は車で移動。ランチのあと、笹尾山へと向かったのでした。
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島左近と石田三成陣跡の笹尾山
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短距離なれど、険しい階段を5分ほど登る必要あり
(ムスメとヨメは、もう来ない)
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復元馬防柵が幾重にも
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息を整え(何度目だろう)、古戦場を見下ろす
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決戦地と東海道新幹線
笹尾山脇のエアコンが効いた笹尾山交流館で休憩。
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「あいわかった!」(トイレにて)
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甲冑体験もできます
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馬防柵とプリウス(今回も無給油で往復)
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決戦地と石田三成陣跡
歴史の授業や映画・ドラマなどで有名な関が原、たった一度だけの訪問で感じた与太話を・・・
地形を有効に布陣した西軍なのに、諸将を掌握できなかった石田三成。徳川秀忠の参陣が叶わないにも関わらず、合戦前からの「はかりごと」により、豊臣恩顧の大名を味方にすることができた徳川家康。
レンタサイクルで数カ所巡ったのですが、各陣営間を行き来するのは時間的・体力的・精神的に大変であることを実感(多分、車で巡ったら実感しなかったかも)。
現代でもそうですが、事前の意思疎通の徹底と臨機応変さ、そして信頼関係の構築が大切ですね。
穴ポコ & 戦争遺産へつづく(^_^)/~

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この記事へのコメント
各大名の陣跡が復元されていて、それを自転車で回られたのですね。
暑いなかお疲れさまでした。
今回は名神高速でのアプローチでしたので、
眼前に迫る山が壁のように立ちはだかっているさまが
良くわかりました。
かつての街道はもとより、高速道や新幹線などは、
この関が原を通らざるを得ない地形だったのだろうと
勝手に想像したのでした。
飛行場跡地を探して各地の図書館で郷土史を(斜めに)読むオイラですが、
この辺りの郷土史では、誰もが知る偉人が普通に登場してビビります。
「一歩前へ・・・」←好きだな~こういうの(o ̄∇ ̄o)ニヤ
6枚目がすべてを物語っているような、、、。こういうところは、足で見て移動しないとわからないところも多そうです。
暑い中、ほんとにお疲れさまでしたm(_ _)m。
民家のそば、田畑のそば、道路脇などに、
しれっと存在する縁の地・・・確かにビビります!
トイレでカメラ構えるのは、今回が初めてでしたw
>足で見て移動しないとわからない・・・
小早川秀秋が陣を構えていた松尾山。
そこへ徳川方が寝返りを督促する火縄銃一斉射撃!
というのは後世の脚色ではないか?
と言い切れる程の距離・高低差でした。
(松尾山は新幹線の線路の南、今回眺めただけでした)
このあとの記事でも登場します(^^)v
その場に行って感じてみるって大事ですね。
これは、撮影していい土産話にできますね。
今はその場でインスタかな
平泉ではありませんので、厳密には違う句なのですが、
夏草や兵どもが夢の跡・・・と、詠みたくなるエリアでした!
ワタシは甲冑体験はしませんでしたが、
東西両軍の名だたる武将の甲冑が揃っていましたので、
それぞれのファンの方にはたまらないトコロだと思います(^o^)
お疲れさまです!!
ひところの猛暑ではなかったのが幸いでした。
想像していたよりも坂が多かったです┐(´д`)┌ヤレヤレ